8月16日午後7時半、九十九里海岸
宿を探すことにした。民宿やリゾートホテルなど数件聞いたが、さすがになかった。腹も減ってきた。すると暗い夜道にぽつんと真っ赤な看板に黒い文字で「はまぐり」。小さな平家のプレハブのような店。だれも客がいなくて、ちらっと女性が立っているのが見えた。通り過ぎる、それからしばらく走ったが、食堂はない。「はまぐり」が気になってきた。大分来ちゃったが、意を決してUターンする。こんなに遠かったかと思う程戻って店に入る。先ほどの女性が「いらっしゃいませ」。30歳位だと思う、ちょっといい感じだ。まだ新しい店なのか綺麗だ。3人がけぐらいの小さなカウンターとテーブルが2個。奥の畳のある小上がりに座る。カウンターの中には60歳前後という感じのおばさん。親娘か?客は誰もいない。娘?はなにも言わずに立っていた。奥からおばさんが「何にします。」すごいしゃがれた声「はまぐりはどうやって食べるんですか?」「七輪で焼いてだけど、炭がちょっと時間かかるかね」「いや、それでいいです。あとなんか他に食べるものは?」と言うと。「ざるそばがありますけど」と若い方。「飲み物は?」「いや、車なんで飲めないんです。ざるそば下さい。それと・・・・やっぱビール1本だけ呑んじゃおうかな、大瓶ですよね」「おかあさん、あれ大瓶?」。親子だ。まあいいや、残せば。「ビール下さい。」ビールを呑んでいると暫くして、七輪と洗面器のようなブリキ?のボールが運ばれてきた。洗面器の中には握りこぶし大のおおきなはまぐりがごろごろ。おばさんが七輪の網のうえに豪快にはまぐりをのせる。バターとしょうゆで食べるらしい。「開いてもひっくり返さないでいいからね」といった。なかなか焼けない、これだけの大きさだ。七輪のはまぐりを見つめながらしばらく待っている。
娘の方が「お客さん、何処から来たの?」私はこれまでの旅の話をした。いつの間にかおばさんはいない。「いいよねぇ、男の人は。私もそんな旅してみたいわ。」「お姉さんもちょっと呑みますか?」「ええ?いいんですか、じゃあちょっと」それから世間話しがはじまり、やがて彼女の身の上話しを聞かされた。いつの間にかお互いに濃い水割りを呑んでいる。他のお客さんは全く来ない。「今夜はもうダメねぇ、もう閉めようかしら。酔ってきたし」「ああ、じゃあ俺帰ろうかな」「いいの、いいの、もっと呑みましょう」さらに呑む。「ところで今日は何処に泊まるの?」彼女は酔ったトロンとした目で言った。なぜか着物を着て、後ろが玉になってるあのアップな髪型。好きなんだなああれ。「泊まろうと思って民宿や旅館をあたったんだけど、全部だめだった。酒呑んじゃったし、駐車場かしてくれる?車で寝て朝帰るから」「そりぁいいけど・・・だって夕べも車なんでしょ」と言い、少し間があった。「奥に部屋があるからそこで寝ていったら・・・・・、私ももうだめ。」と言い彼女はふらふらと立ち上がり、奥の部屋へ行く。あのアップのうなじが妙に色っぽく感じた。
「お客さん、もうそれ食べられるよ」としゃがれ声。「ええっ」とびっくりしながら見るとはまぐりの身がグラグラと貝の上で煮えているいい香だ。バターを乗せしょうゆをたらし食べた。旨かった。娘は何時の間にかいなくなっている。「あのーこの辺に泊れるところないですかね」「ええっこれから?」「昨日から寝ないで走ってきたんで、もうくたびれちゃって、ずっと探してきたけどいっぱいでないんだよね」「さあねえ」そこへ男3人がはいつて来た。まだ宵の口なのに酔っぱらっている様子で大声で喋っている。漁師だろうか?。私ははまぐりを全部焼いて食べたがほとんど最後の方は飽きていた。大きなのを5〜6つも食べた。それを見計らってざるそばを出してきた。以外と旨かった。「○○ちゃん、あんたの親戚民宿やってたけど、いまやってんの。このお客さん泊まるところ無いんだってさ」とおばさんが客の一人に聞いてくれた。「やってねえ、無理だよ泊まるとこなんかねえよ」と怒ってるみたいだ。(方言だからね。)「何処まで帰るの?」とおばさん「いや東京だけどね、また車で寝るかな」「そうだよ、夜道は暮ないって言うじゃない。東京ならさ、朝まではかかんないし、は休みながらさあ、」たしかに、夜道は暮れない。なんかこの言葉が気に入った。それからまた車に乗りしばらく走って仮眠。すぐにまた目が覚めてしまい、そのまま走る、館山辺りを走っている時、得意先のカメラメーカーの社長から携帯に電話。「夜分すみません。山田さん、休み明けの月曜日打ち合わせしたいんだけと、あいてます?」「ええ、いいですよ。」「なに今ごろ、車で走ってるの?」「ええ、今館山なんです。新潟からずっと一般道走って東北一周してもうすぐ終わる頃なんです。」「タッテヤマー、あの千葉の?それで津軽半島とか、下北半島とかも行ったんですか?一人で?」「そうそう、13日から。」「どっどっどうしちゃったんですか?なんかあったんですか?大丈夫ですか?山田さん。信じられないなぁ、ばっかじゃ・・・、あっいや、すみません。」「良かったですよ−、海はきれいで」「ああ、そうですか。まあまあ後でゆっくり聞きましょう、とにかく気をつけて帰って下さい。すごいなあ・・・」。そうか、どうかしちゃったのかな俺は?電話で励まされた?ら急に元気になり、それから一気に東京目指した。
夜道はいつまでたってもそれ以上は暮れなかった。
8月17日午前1時すぎ、船橋に着いた。ここでこの旅は終わり、湾岸線に乗り高速で我が家まで。午前2時ごろ到着。まだ起きていた大学生の次男が「おお、久しぶりだなあオヤジ」と笑顔。高3の三男が「おみやげは?」「おみやげはオヤジのこの笑顔」と言ったら「なんだ、そりゃ」ともう興味無さそう。
走行距離4,750kmだった。