根室の入り口近くにさしかかったとき、ちょっとした駐車スペースがあったので止めた。
200メートルほど行ったところまでクマザサの原っぱ、その先は紺碧の海。何もないと言っていい。カメラを取り出して写真を撮ろうとガードレールの端まで行って、ふと下を見ると黒い女物のカバン(プラダのような)が落ちている。
他には何もない。中から財布や免許証が一部飛び出しているのが見えた。尿意もあったのでガードレールをまたぎ下に行って立ちションしながらよく見るとパスポートのようなものまで見える。こりゃあ妙だなと思い手に取ってみた。すると男女の財布(ワニ皮かなにか高級そうなもの)、携帯電話、免許証、パスポート、給料袋らしき茶封筒に印鑑(大きな実印のような)なにやら権利書のようなものも入っている。財布には10ドル札が3枚ぐらい、日本の札は入っていない。免許証やその他諸々から30代の女性、ちょっと美形。40代後半の男性、自○官らしい。名字は別。巾着袋があり、開けてみると大事そうにひもでぐるぐるにした小さなプラスチックの透明なケースが、ピルケースのようなものの中に白い結晶の粉、ともうちょっときめが細かい粉が分けて入っている。
そのとき私の携帯が鳴った。私は別に悪いこと?している訳ではないが、びっくりした。クリ○トだった。「おーい、山田いまどこだぁ」「根室の手前なんだけど、今とんでもないもの拾っちまってドキドキしてたとこなんだよ」「どうした?何拾ったんだよ」「女物のバッグに財布やらパスポートやら権利書みたいなものと実印、それと・・・怪しい粉。」「えーっどんな粉?」「ピルケースみたいなものに入った粗いのと細かい白い粉」「ピルケースって何だ?」「ピルケース知らないの?まあいいや、薬物っぽいんだよ、しかもドル紙幣が数枚」「ひぇーっヤバそうだな、お前それ触っちまったの?」「うん。俺の指紋べたべた。届けた方がいいようなぁ」「そうだなぁ、触っちまったらヤバいかもね、届けてもすぐ帰してもらえないよきっと。」「弁護士ジョニーに相談しようかなぁ、いずれにしろ届けるよ」
それから根室の町までは十数キロだった。警察はゴウルデンウィークのそれもまっ昼間、当番らしい人が二人だった。「落とし物ね、じゃここに住所と名前書いて、持ち主に貴方の名前言いますか?」と淡々と「いえいいです。」「じゃあ中身確認してサインもらわなきゃならないのでちょっとまってね」といちいち中身をカウンターに並べ始めた。「なんだこれ、ずいぶん大事なもの持ち歩いているなあ」と女性の財布の中身カード類、会員カード、お米券など細々書き出した。参ったなぁどれぐらいかかるんだろぅ。そして巾着袋を開け例の粉の入ったケースを見て、手がとまった。「・・・・」わたしも「・・・・・」「これっシャブでネェベか」と警官「ヤバいですよね、それ」と私。「うん!こりゃちょっと面倒なことになりましたよ、ええっと山田さんだっけチョッと奥へ来てもらえます」といって応接セットが置いてあるだけの小さな部屋に行き「ここでちょっと待ってください。」そして同僚らしい人とヒソヒソ話している、しばらくして鑑識の警察官に電話してる様子だった。しばらくしてカメラを持って入ってきて「今ちょっと写真撮りますから、山田さん申し訳ないけど指差してくれますか?顔もちょっと撮らせていただきます」何枚かパシャパシャ撮った。「これから薬物反応の検査しますので、説明します。」とマニュアルを見ながら話し始めた「えっとこのビニール袋にカプセルが入ってます、このビニール袋にこの白い粉をこの耳かきみたいのにちょっと取っていれますね。それでそのままビニールの外側からこのカプセルを割ります。すると液が出て混ざって色が変わります。この色になったら、薬物ということになります。」と言ってカラーチップをみせた。「いいですね、やりますよ」「はあ」なんか自分が犯人扱いされてるようで、妙な気分になってきた。しばらくして透明な色が濃い青になった。「ありぁ、なんだべ?この色は?」と一生懸命検査用具の説明書きを読み返している。「見ていただいたように赤紫から赤になったら、ええっと薬物反応なんですが・・・、青なんて書いてねえな。ちょっと待っててね」と言ってまた電話確認。
「山田さん時間あります?」「いやぁ、さっきも言いましたように旅の途中なんであるような、無いような・・・」「そうですよね、いいなぁ一人旅。うらやましいよ。でももうちょっと待ってくださいね」それからしばらく待たされて三人で雑談した。「こりゃあちょっといい女だよなぁ、不倫だな、心中したんでネベか?普通こんなもん持ち歩かないもんなぁ」と警官「どうですかね道路脇にに落ちてたということは車上荒らしにあって現金取られて捨てたんじゃないですかね」と私。もう一人の警官が「ああ、携帯にかけてみましょうよ」といい白い手袋のまま赤い携帯に電話した。(そうだよ、早く気がつけよ、俺の指紋着いてんだろうなぁ)
発信履歴からかけたら女性の父親が出て全容が明らかになった。
「どうも青森から昨日出てアイヌニンニク採りに来たらしい、この辺り一杯あるんだよ。内地では行者ニンニクっていうのかな。夫婦みたいだ。まだ結婚が浅いんで免許証は書き換えが来てないみたいだな。本人たちはまだ一生懸命採ってるかも知れないので気がついてないかもね。やっぱり車上荒らしだねこりゃ。」(やっぱりって、おいおい、俺が言ったんデネェの・・・大丈夫かな)「長らくお待たせしました。ちょっと薬物の結果がまだはっきりしてないんですが、様子が分かったのでお引き取り頂いて結構です。かけることはないと思いますが一応携帯の番号教えていただけますか?」と開放された。約一時間半のロスだった。
それから納沙布岬まではまるで何もない、ただただ茶色い原っぱ(笹が枯れている?)。
納沙布岬には数件の土産物店があり「蟹ラーメン」「蟹飯」とたくさん看板が出ていた。その一軒に入って「蟹ラーメン」を注文した。ひどい。とってもひどい。まずい味噌ラーメンに解凍した蟹の足、それも小指ほどのものが二本だけ、あとはこれでもかとワカメ。
根室に帰ろうと走らせていると原っぱにエゾシカの集団がいた。道路のすぐそばをシカたちは気持ち良さそうに走っていた。